子どもと向精神薬

1月に滋賀県の教員組合と障害者のグループが共催で「子どもたちと、教育と、薬」というタイトルの講演会を開き、大津市まで話に行ってきました。出席者の中からは「職員室ではふつうに『あの子は多動だから薬を飲んだ方がいい』と話がでる」「校長室に呼ばれて、医者への受診を勧められた」という話しをききました。ここ数年間で、子どもに向精神薬をのませることが増えて来ています。

赤ちゃんが歩くようになると、もう歩くのが嬉しくてたまらない。これは何だろう?と机の引き出しを開けたり、本棚の本を手当り次第になげ落としたりしますね。長年、子どものことばと取り組んで来て、この好奇心こそことばの原動力だと感じます。中にはおとなしい子もいる、絶えず動き回る活発な子もいます。日本の小学校では机にじっと坐って、先生の話をきいて、ノートに字を書いたり、計算を解いたりする授業のやり方です。動き回る子がどうしても目立ってしまいます。先生達が忙しいために、ゆっくり子どもたちと付き合っている時間がとれないという話も聞きます。

このように多動で腕白な子どもは前から、どの教室にもいましたね。私も小学生の頃、前の席に座っていた男の子が、いつも振り向いてはやしたてるので困っていたこと、丸坊主の頭と顔と名前を、今でも覚えています。

医学は病気を作り出して治療します。と言うと、逆ではないかと言われるかもしれません。多動で腕白な子どもの経過をたどってみましょう。

1940年代に教室にいた多動の子どもたちに微細脳損傷症候群という病名がつけられました。しつけや先生の受け入れ方の問題ではなない、子どもの病気のせいだと、見方が大転換したのです。1960年代からメチルフェニデートという中枢性興奮剤をのませると落ち着いて勉学に集中できる場合があることが分かりました。その後、1987年にはアメリカ精神医学会が定めた精神障害の診断と統計の手引きにADHD(注意欠陥多動性障害)の診断名が掲載されました。

国連による統計では、アメリカのメチルフェニデート消費量は1987年に6000万錠でしたが、1998年には36000万錠と伸びています。ちょっと統計が古いですね。世界的にもこの薬がどんどん使われていますが、アメリカでの消費量がダントツ多かったのです。

日本ではメチルフェニデートはリタリンと言う製品名で成人のナルコレプシー(急に抗し難い眠気が襲って来て眠ってしまう病気)の治療薬として開発されました。その後、うつ病の治療に使われました。中枢神経興奮薬ですから、覚醒剤と同じような作用を持っていて、のまずにはいられなくなる依存症になります。医師の処方が必要な薬が、のむと眠気をさまし集中力を高めるので、ネット販売を通じて、病気ではない人々に急速に広まってきました。

これに対応するために、厚生労働省は2007年10月に処方適応からうつ病を除いて、ナルコレプシーに限り、製薬会社が作るリタリン管理委員会が医師、薬剤師を登録し、リタリンの流通管理を徹底することになりました。

大人にとって乱用は危険だと認められたリタリンは、多動のこどもに、当初、保険適応外薬として使用されていました。当時は「この薬はお子さんに効きますが保険の対象ではないので、実費でお支払下さい」と言われて薬をもらっていた訳です。

2007年にはリタリンと同じ成分のコンサータが18歳以下のADHD治療薬として、初めて保険認可されました。胃腸でゆっくり溶けて吸収されるので、一日一回のみます。リタリンと同じく管理委員会が設置されて流通管理されています。その後、アトモキセチン(商品名ストラテラ)が、ADHDの治療薬として販売されています。

<向精神薬の副作用>

コンサータをのむようになって、落ち着いて来たが、腹痛が強く食欲がなくなり、痩せてしまったという子どもがいました。どの薬にも効果と副作用があります。食欲がなくなる以外にも、中枢性興奮剤ですから眠りが乱される子どもが多く、重大な副作用としては悪性症候群といって、高熱がでて、血圧が高くなり、筋肉が硬直して手足を動かせず、命にかかわる状態になります。

成人ではアメリカのFDA(アメリカ食品医薬品局)がリタリン服薬中の死亡事故の調査を行い、心臓血管に対する副作用について警告しています。

長い期間使う薬です。身長体重が増えない子どもがいるので、常にチェックをしなさいと、使用説明書に書かれています。

また、覚せい剤の一種ですから、のまずにはいられない依存症を起しやすいのです。

<発達障害と薬>

ADHD以外にも発達障害と言われる子どもたちに向精神薬をのませようという流れが強くなっています。

国立精神・神経センターの小児神経科医、中川栄二さんが全国の小児神経科医と児童青年精神医学会認定医にアンケート調査をしたところ、626人中73%の457人が自閉症の子どもに向精神薬を使っていました。そのうち39%が小学校入学前から、36%が小学校の低学年から薬を始めていました。

また、日本で使われている薬のうち1剤以外はリタリンと同じように保険適応外の薬で、使うべき薬の量や子どもにすぐ現われる副作用、長期にわたって使った場合の影響などは調べないまま、医師は自分のさじ加減一つで使っています。これは中川さんはじめ専門医の間でも問題としてとりあげられています。

<統合失調症は早く見つけて予防投薬すれば、防げる?>

統合失調症を早期発見、治療しようという動きが2008年から日本でも始められています。思春期の発病が多い統合失調症を早く発見するために心のリスクチェックシートが開発され、将来統合失調症になる可能性のある子どもに抗精神薬をのませて予防しようという考え方に基づいています。東大病院精神科の「こころのリスク外来」を始めとして各地に同じようなセンターが作られました。

早期に疑いがあると診断された子が、2001年のオーストラリアの研究では9ヶ月以内に統合失調症になる率は40%とされましたが、2012年イギリスの論文ではたったの8%でした。12人に1人しか統合失調症にならないのに、抗精神薬をのまされた子は、重い副作用が起ったら、死の危険にさらされかねません。

<腕白な子がいたら> 

動きの多い子がいる時、学校は専門家に相談することをすすめます。病院を受診すると、医師は自分が持っている切札=薬の処方しか出せないことが多いのです。「この子は腕白なんだ」とみることが出来れば、担任が気長に付き合えます。子どもたちのかかわり合いが生まれて、その子も成長していきます。

あなたの周りにそんな子がいたら、病気ではありません。ちょっと面白いなと思って、どうぞ、遊んであげて下さい。ふつうに園や学校にいかせて下さい。相談室からのお願いです。

(この原稿は子どもの広場通信に掲載されました)