ことばが遅い、吃音、発達障害などの言語相談、子育てに関する心理相談をしています。

ことばが遅いこどもを育てる

1. まえがき

「ことばが遅いこどもをどう育てたらいいでしょうか」
ことばの相談室に来られたお母さんに、よくきかれます。
「早めにこどもの集団に入れてみて下さい。最初のうちは園でトラブルが起きるかもしれないけれど、ことばは増えますよ。困った時は一緒に考えていきましょう。」
私はこう答えるようにしています。

私が国立身体障害者リハビリテーションセンター聴能言語職員養成所に入学して、言語病理学と臨床を学び始めた時、長女の涼は四才になったところでした。
涼は一才四ヶ月の時に脳血管障害のために左半身麻痺になり、ことばも遅かったのです。私には囲われた訓練室の中だけで、ことばが獲得されるとはどうしても思えませんでした。ことばはコミュニケーションの道具ですから、家族や周りの大人、こども達とかかわろうとする気持ちがふくらんで、一緒に生活していけば、自然にことばが涼の中に流れ込んでくると思っていました。それに、ことばの獲得は目的ではないのです。「障害」を持っていても、皆と一緒のところで育っていくことが、涼のこれからの人生にとって大切なことと考えていました。涼が三才の時、そんな考えに共感してくれる親と保育者を募って、共同保育所「にんじん」を始めました。こぢんまりとしたこども集団で一年半を過ごした後、さらに広い世界を求めて、涼は田無市立向台保育園の四才児クラスに入園しました。
幸いなことに、保育園の担任とやりとりした連絡ノートが残っていました。田無市では涼が入園した年が、公立保育園における障害児保育の第一年目でした。四才児のクラス「たんぽぽ組」には涼の他に、カンちゃんという「障害」をもっている男の子が一緒に入園しましたので、担任が一人増えて、二人の保母さんU先生とT先生がおられました。私とつれあい、それに二人の担任の四人がこの記録を書いています。
養成所で言語の専門家として第一歩を踏み出した私と、涼の一年間について、保育園の記録をもとにふりかえってみました。

2. 涼の連絡ノート(1978年4月6日より1979年3月16日) から抜粋
一ヵ月目

4月10日[月](U)
朝のうちはやはり、自分のタオルを持って泣いていました。泣きやんだり泣いたりしていましたが、抱いたり相手をしてやることより、泣きやむきっかけは「だいすけくん」のようです。泣きやんでからは、立って歩き、ベランダへ出て、庭であそぶ友だちを見たりし、もう他の子たちと少しも変わらず、保母のことばかけでイスを持って、丸く座ったり、トイレへもいき、沢山おしっこもしました。庭であそびましたが、並んで体操をした時も、顔をほころばせてうれしそうに体を動かし、自由あそびではみんなと一緒に、砂場でどろんこあそびや、四輪車を片手で引っぱって、動かしてあそびました。

4月20日[木](母)
帰りに「ハナ」というので、何のことかと思っていると、園庭のつばきを圭と私に教えてくれました。砂場も「ホラ、ケイチャン」と言って、うれしそうに指さしています。ぐるっと一周してから帰りました。

・・・

入園してしばらくは、嫌がって泣くこともありましたが、すぐに保育園が好きになりました。共同保育所「にんじん」で一緒に過ごし、一年前に入園していただいすけくんや、障害児通園施設「ひよっこ」の知り合いで同じ時期に入園したカンちゃんが、頼りになる存在でした。ことばは一語から数語を並べて会話しています。助詞が入っていませんでした。

二ヵ月目

5月13日[土](母)
玄関のところに赤いスロープがつきましたね。昨日、涼も珍しそうに上がり下りしていました。当り前に一人のこどもとしてたんぽぽ(組)さんに受け入れられ、設備の改善にも心を配って下さって、感謝しております。

5月19日[金](父)
圭が元気が出て来てはねまわるようになったので、二人でよく遊びました。いつものように買い物ごっこをしたりおばけごっこをしたりしました。こんなふうな「おむつスタイル」で、パパが足をもって、足を身体の方へくっつけると「ゲー」と蛙のような声を出します。とても愉快な声です。

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5月20日[土](U)
みんなでやったイスとりゲームでは、一回目は、はじめにダメになってしまいましたが、もう一度、こどもたちの要求でやった時には、四回くらいイスを見つけて、すばやく(?)坐り、残りの半分くらいまで残れました。

5月23日[火](母)
「涼ちゃんはなにぐるーぷ?」ときいていたら「りんこ」とか言っていました。「いんこ」のつもりで。「おひるになにたべたの?」ときいたら「うどん」というこたえ。

・・・

障害児保育を始めたばかりの向台保育園では、玄関の階段に手すりとスロープがつきました。涼は、質問されればその日のメニューや自分のグループの名前が答えられました。幼児語が多く、助詞が入りません。ことばを覚えはじめて間もないこどもは目の前でおこっている事は、答えることができますが、過去のことを覚えていて答えることができません。涼はこの次の段階に手が届き出したところです。昼間、親子が別々の生活をすると「今日、なにしたの」と聞いてみることができます。一日じゅう一緒では、聞くことができません。

4. 三か月目

6月7日[水](母)
にんじんの会議でだいすけとまたもめて、泣いていました。家に帰るとパパが、かぜでフトンに寝ていました。いいこいいこをするつもりが、圭と馬乗りになったりしていじめてしまい、嫌がられていました。
だいすけ、涼、圭はこのところよく一緒にいます。それぞれ遊びのペースが違うので、同時に何かをすることは余りないけれども、互いのコミュニケーションはよくとれているようです。

6月9日[金](父)
三日前にチャーちゃん(母)にツベルクリンをしてもらったのですが、陰性でした。チャーちゃんにみてもらったあとで「どうも」とごていねいなごあいさつ。保育園でオバチャンのせんせいに、お口をあーんとしてもらったと言っています。歯医者さんは女医さんだったのでしょうか。

(U)
ええそうです。確かにオバチャン先生でした。泣くこともなく、先生の前にすすみ出て、大きな口を開けていました。虫歯は八本といわれましたので、早めに治療をしてください。
きのうは「お当番」、みんなの(自分のグループの六人分)給食を配り、みんなそろっているかどうか、手や顔を拭いたかどうか聞いた後「どうぞめしあがれ」と当番が言っていますが、りょうちゃんははじめから「どうぞ」あるいは「どうも」と言っていました。

6月12日[月](母)
土曜日はどうもご苦労さまでした。お帰りになった後、圭がおきてくると、興奮して「センセイ、ここ」「センセイ、ここ」と座布団を指さして教えていました。「りょうちゃんはどうしていたの」と聞くと「こう」と後向きに坐ってみせていました。

・・・

保育園が大好きになったけれど、まだ担任にも恥ずかしがっています。友だちの名前と顔も一致していません。自宅の隣にあるにんじん保育園では、なじみのだいすけ君や弟の圭と、リラックスして遊んでいたのですが。
担任が家庭訪問に訪ねて来られたことが、嬉しくて弟の圭に教えていました。単語を並べて、しぐさを交えて伝えています。伝えたいことが日々起こり、伝えたい人が身近にいる生活の中でことばは育まれていきます。

5. 四ヵ月目

7月3日[月](父)
土曜日の夜、たんぽぽ組の父母会があって、お友達もたくさん来て、楽しく遊びました。日曜にお父さんとお買い物に外出したら、西友などで、昨夜会った何人かのお母さんと、また会ってびっくりしました。
中清さんへもおそばを食べに行きました。プリンスメロンをおまけしてもらいました。父母会のおかげで得をしました。(註:中清さんの家のこどもが、同じたんぽぽ組にいたのです)

(T)
メロンを得したこととは別に、やはり、こどもを持つ親同士、つながり会うことの大切さを日頃感じます。

7月11日[火](U)
友だちとのかかわりがでてきたようで、今までなら、近くまでいき、立ってながめているだけだったのが、そこで保育園ごっこをやっていると、自分もカバンをもっていき仲間に入っています。カンちゃんと二人であそぶ時は、一層積極的に動いてしゃべっています。給食の準備なども覚え、自分が当番でもないのに手伝ってくれます。

7月13日[木](母)
i_02髪を洗う時にシャンプーをつけて、でんでんむしのうたをうたいながら、髪の毛をこんな風にするので、髪を洗うことを家では「でんでんむしする」と言っています。いつも、お風呂に入る時、「でんでんない?」といいます。
昨日もそういっていたのに、洗髪されてしまいました。お風呂は好きなのに、でんでんむしは大嫌いです。

・・・

父母会で親同士のおつき合いが始まり、保育園の外でも顔みしりが増えました。涼の方からこどもたちの遊びの輪に入って行くようになり、少し、保育園でも打ち解けてきました。

6. 五ヵ月目

8月4日[金](U)
保育園では1時30分くらいから3時25分までお昼寝しました。声を出してきょうのノートを読んでやると、盛んに首を振って、うなづいていました。朝、来ていろいろな先生に指をけがしたこと「おうちでやったの」といいにきて、何をしたのか、ころんだの? 戸にはさんだの? 包丁いたずらして切ったんでしょう? ガラスで切ったの? と、いろいろきくけど、どれにも「ウン」とうなずく。横向いてしまいました。
でも、以前に比べ、担任のところにも、自分から積極的に語りかけてきます。

8月29日[火](母)
休みの間に、1、2、3、4、5、6、7ぐらいまでは言えるようになっているのに気が付きました。毎日のプールでの成果でしょうか?
休みの間に、何とか水になれてほしいと思っていましたが、やはり嫌がり、泣いても入れてみましたが、まだ、水に浮く楽しさはわからないようでした。お風呂で、浮き輪で遊ぶのはやっていました。片足をつけて、片足でバシャバシャやっています。

8月30日[水](T)
時々、思い出したように「カンちゃんは?」と話しかけてきます。保育園をやめたお話しはしたので、わかっているようですが、寂しげな表情を見せます。今までけんかしながらも、二人で遊ぶ機会が多かったので、特に、思い出される様子です。おやつのアイスクリーム「センセ!アイス!」と言って、喜んで食べてました。

・・・

今月は一緒に入園したカンちゃんが引っ越しして、別れを経験しました。でも、同じクラスの友達に親しみを感じだし、先生とのかかわりもさらに深まってきつつあります。
どうして指を切ったかについては、まだ、涼はちゃんと報告できるところまでは行っていないようです。先生達も、考えられる限りの答えを用意して、のんびりやりとりして下さっています。できる、できないではなく、通じあう時間を楽しみながら、事実をさぐっていく大人の姿勢が、こどもにも答えようという気持ちをもたらします。

7. 六ヵ月目

9月7日[木](母)
自分から「だいすけのうちいく」といって、だいすけのうちへいきました。ごはんを食べた頃、電話すると、里心がついて「帰る」「帰る」といいだして、ついにだいすけのお父さんに自転車にのせてもらって帰ってきました。

(U)
朝、登園するなり「涼、だいすけのおうちいったの。だいすけのおうちはずーと、ずーとね」と指で床をさしながら話しています。最近しゃべるようになり、以前より心を開いてきたように感じます。なかなか、保母とは遊べても、他の友だちとは生活のなかでかかわれても、あそぶことはなかったように思うが、今日は香ちゃんと一本のひもを通じて電車ごっこ、散歩の時も、さかんに、りょうちゃんの方から「いこう」といって、手をつないだりしていました。

9月8日[金](父)
涼の五回目の誕生日です。元気で五才になってくれまして、ホッとしています。おおやさんのおばあちゃんのところへ、パパと圭とでお家賃を払いに行きました。涼はおおやさんのおばあちゃんが大好きです。帰りには、おみやげを一ぱいもらって帰ります。行きも帰りも、インディアンのような「キャッホー」という奇声をあげて道を歩きました。

(U)
お誕生日おめでとうございます。朝から「りょう!」といって片手(右手)を五本指いっぱいにひろげ、一人一人、保母にいって歩いていました。きょうは香ちゃん休み。でも、最近、保母にとても積極的に話かけてきます。

9月9日[土](母)
夜、にんじんの保母さん、子供たち十五、六人で涼の誕生日祝をしました。真っ暗にして、ろうそくを五本ケーキにたてて「たんたんたんじょうび」を歌ってもらいました。フーッと消して、皆でケーキを食べました。にんじんの保母さんから、手作りのお人形をいただきました。ピンクの洋服でおんぶするのによい大きさです。
満足していましたが、寝たくなくてちょっと泣いて、お母さんと一緒に寝ました。

(U)
保育園でも「フーした」と誕生日のうれしかった様子を、みんなの先生に教えてました。ビニール袋にアリをつかまえて持って歩き、「ムシよ」と見せて歩いています。本人は一ぴきだけ、おそるおそるつかまえました。

9月26日[火](母)
保育園の誕生会、楽しみにしています。「あした、たんじょうびするんだ」といっていました。

9月27日[水](母)
「マルカイテチョン」をやりました。とてもうれしくて、何枚も紙をつかってクレヨンでかいています。「チョン」「チョン」といいながら、目が大きくてこんなかおになります。

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(T)
マスゲーム・なわとびの練習をしました。いままで保母が片方なわを持ってあげれば、涼ちゃんなわを足でまたいで1人なわ飛びもしたのに、今日はどうしてもやりたがらず、ままごとして遊んでいました。気がのらない時ははっきりしています。

9月28日[木](父)
i_05夜遊んでいて、ひょっと思いついて頭に紙袋をかぶりました。最初はただコックさんのような形で、こんなふうにかぶってました。そのうち、お母さんが目のところを丸く穴をあけて深くかぶせました。
いつかなにかの漫画でみたような、なんとなくかわいらしい姿でした。圭と二人でこのかっこうで手をつないで歩いていました。

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・・・

入園して半年がたちました。誕生日をにんじん保育園でも、向台保育園でも祝ってもらい、五才を喜びとともに自覚できました。涼と私たちの生活は、次第に外に向かって開いていき、近所のともだち、おじさん、おばさんに「おはよう」と挨拶されるようになりました。

8. 七ヵ月目

10月4日[水](母)
東大農場へ行きました。
みみ(私の妹)といとこのゆうちゃん、けんちゃん、圭と行きました。牛が恐くて泣きそうになり、いそいで牛舎の前を歩いて行きました。
牛舎のむこうのコンクリートの坂になったところで、エビセンを食べて、ジュースを飲みました。少し落ち着いたと思ったら、時々、子牛がモウムと鳴き、ビクッ。畑の方へ散歩にいくと安心したのか、ニコニコして、ヨーイドンをしていました。もう一度、牛とブタを見てから、バギーに石をつめてこんな風に「ヤキイモー」といって、子供三人で歩いていきました。ドングリも沢山ひろって帰りました。

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(T)
今日、紙芝居(豆っ子太郎)を見ましたが、その中で牛や馬が出てきました。馬になると「センセ、りょうちゃん、こわーい!」牛がでてくると「モウ!モウーだって」と息をはずませてます。農場にいかれたから余計だったんですネ。
マスゲームで歩きながら、あまりふざけるので、度々声をかけられました。余裕が出てきたのかしら・・・と思います。

10月5日[木](母)
ようやく誕生日の本をつくりあげました。りょうの0さいから、1、2、3、4、5才の写真とタンポポ、ローソクの切り紙をはって。でも、本人は前ほど興味がないらしく、1、2回読んでもらうと終り。くまちゃんの本に、今は、こっています。

10月6日[金](T)
ehon_ryou大切な絵本をありがとうございました。涼ちゃんの絵本、たんぽぽのみんなで見せていただき、楽しみました。「ヤーダ、涼ちゃん、だっこしてる!」「ハイハイダー」「タンポポ、キレイネ」等にぎやかでした。涼ちゃんが大きくなった時、よい思い出になりますネ。あまり、みんなが騒ぐと、涼ちゃん「りょうの!りょうの!」と一生懸命取られないように確保してました。

10月14日[土](母)
ダンボール箱に新聞紙をまるめた柄をつけておみこしをつくりました。
夕方の子供番組でおみこしが出てきたので。でもかざりをつけてなかったからか、すぐにあきて、今度は小さいダンボールをはいてロボットになってあそびました。

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(T)
今日は、砂場で星さん(5歳児組です)といっしょに枯葉を利用し、おとし穴づくりに一生懸命でした。

10月26日[木](母)
お風呂やさんへいったら、順子ちゃんもいました。圭とおかあさん、涼とお父さんという組み合わせだったのですが、涼の声があまりに大きく「ケイちゃーん、あがるよ」などというので、順子ちゃんが気付いて男湯の方へ行ってしまいました。子供三人、いったりきたりして、大人はハラハラ。

(T)
読んでいて、大人のことを考えると笑ってしまいます。園で順子ちゃんに会うと「オフロ、いっしょ」と楽しそうに話し合っていました。涼ちゃん、友達に自分から「いれて!」と行くことが、見られるようになったので、できる限り保母は遠ざかった立場で見つめてあげるようにしてます。友達と、どんどんかかわりを持って、自信をつけていってほしいので。

・・・

休みの日に近くの東大農場に行きました。農場で恐い思いをして見た、牛や馬が、タイミングよく次の日、保育園の紙芝居にでてくると「モウ!モウーだって」と実感をもって先生に報告していました。ことばの基になる事実を体験することが、ことばを覚える早道なんですね。当たり前のことですが。
家の風呂が壊れて使えなくなったので、しばらくお風呂やさんへ通いました。この災いが転じて福となり、お風呂やさんでは、ちょうどそこに来ていた友達と一緒に入って、互いに親しみを増すことができました。
入園した頃は「いれて」ということばを知りませんでした。ようやく自分のほうから「いれて」と、遊びに入っていくようになりました。友達に、時間をかけてなじんでいき、同時に、ルールとことばも理解し始めました。

9. 八ヵ月目

11月4日[土](U)
友だちがあそんでいるところへいって、同じようにあそんでいます。友だちのグループの中へ入って一緒にあそぶようになりました。でも、まだまだ、友だちにはたらきかけるよりも「センセー、ハイおべんとう」というように、保母にはたらきかけることの方が多い。できるだけ、友だちの方へ「こういってごらん」と教えて、いかせるようにしています。

11月6日[月](母)
日曜日に図書館へいくと、星組のお友達に会いました。お風呂ではたんぽぽのお友達にまた、会いました。でも、涼はあらっという顔になるだけで、いつもお友達の方がニコニコして「涼ちゃん」といいます。

(フリー保母)
散歩の時にオフロで友達に会ったこと、その友達の方から話し始めました。コーヒー牛乳を飲んでいたとも話していたのですが、すると涼ちゃん「お母さんは椅子に座っていたの」と言っていました。
食事やお集りの時、今日は2回「うんち」と言って席を立ちました。結局トイレへ行っても便は出なかったのですが「食べたくなかったからかな?」というと「ウン」と答え、本当のところはわかりませんでした。

11月7日[火](父)
涼はパパが帰宅する前に、銭湯に行ってきていました。寝る時にパパに向かって「パパ、おふろ行っていいよ」と言います。パパは今夜は面倒で行く気にならず「今日はいかないよ」と返事しました。すると、涼「かゆいの?」
これ、なんのことかと言いますと、この間、何日かパパはじんましんに悩まされていたのです。この時はお風呂に入りたくなくて、涼に「お風呂に行こう」と誘われると「かゆいから行きたくない」と行きしぶっていたのです。で、涼は、今日、パパがおふろに行かない理由を「かゆいから」と聞いたというわけです。

11月24日[金](父)
23日の休日、お母さんは、向台の父母会にでかけました。涼はパパと圭と三人で、又、新宿へ。伊勢丹へ行き、大混雑のおもちゃ売り場で、あちこち見て歩きました。屋上へ行って、乗り物にも乗りました。帰りに中二階の踊り場に全部お菓子でできた家があり、これにひきつけられて動けなくなってしまいました。かなり長時間ながめてから帰ってきました。長時間でしたが、ダブダブの靴にもかかわらずよく歩きました。

(U)
りょうちゃんのノートはお母さんが書き、お父さんが書き、いつも楽しく読ませてもらっています。ノートを通じて、りょうちゃんをとりまく人達(主としてはお父さん、お母さん)の人間性などうかがわれ、忙しい中でも子ども中心にすえて生活している様子がわかります。

11月28日[火](母)
「アシタ何するの?」ときいていました。「かいものごっこよ。今日は何つくったの?」「おかね。Tせんせいと。ピンクときいろで」などといっていました。楽しみにしているようです。

・・・

芋ほり、レストランごっこ、焼芋大会に参加し、新しい経験をしていった月でした。「あした、何するの?」「あした、やきいもかいかい(大会)」のように、時制に関することばを使っています。時間は眼に見えないのでとらえどころがありません。次々に楽しみなことがある生活だからこそ、時間の流れが感じられたのでしょう。変わらない生活ではなかなか「明日」を意識することができません。
パパがおふろにいかないと言ったら、「かゆいの?」と尋ねていました。物事を過去の経験に照らして考える、考える道具としてのことばに手が届いてきました。涼の語彙はこの時期、そう多くはなかったのですが、限られた語彙の中で、推測する力がでてきました。
「おかね。T先生と。ピンクと黄色で」のように、助詞を使うようになっています。

10. 九ヵ月目

12月1日[金](T)
お部屋でミホちゃんが気に入って、一時「ミホちゃん!ミホちゃーん!」と追いかけまわしていました。涼ちゃんがはっきり、友達の名前を呼びながら、はしゃいでいるのは初めてでした。(後略)

12月13日[水](母)
「くまちゃんのいちねん」の本をみていたら、けっこんしきの場面がありました。それをみて「Tせんせい、したんだね」といっていました。ちょうど結婚なさる頃に、出して、この本をみていたので覚えていたのでしょう。
寝る時「ぐるんぱのようちえん」と「とこちゃんはどこ」をよんで寝ました。

(T)
食事中、声をかけると、ずーと食器に左手をそえて食べてました。とても左手が動くようになりました。本人もいやがりませんでしたし、この状態で慣れていってくれればと思います。じゅうちゃんと気が合うようで「しゅうちゃん!しゅうちゃん!」とよく呼んで捜している事が多いです。

12月18日[月](U)
朝の自由時間に黒板に顔の絵をかきました。今までリンゴやキュウリをかかせた時、ついていてことばかけをして、なんとか、りんかくがかける、というような認識だったので(こちらが)、顔をきちんとかいたのを見ておどろきました。

12月20日[水](U)
この頃、りょうちゃん、ひつようなことはことばでいうことができるようになってきたように思います。「やって」だけでなく「切って」(ジャムの袋の角を)服がきられると「できた」など。少し前は「ねえ」とか「せんせい」とだけいっていたのですが。
排泄の方が手がかからなくなり「オシッコ」「ウンチ」といいにくるので、「いってらっしゃい」というと一人でいってしています。ウンチの場合は保母がふいてやっていますが。

・・・

「ミホちゃん!ミホちゃーん!」と呼びながら、友だちを追いかけ、また「しゅうちゃん」と男の子の名前を覚えました。友だちにはちょっと入り込みにくい感じがあったのが、日々の保育や近所でのつきあいを通じて、友だちが好きになっていきました。名前をよぶことは、積極的にかかわっていく第一歩なんですね。保育園で気をつけてやらせて下さっていたので、身の回りのことが、だんだんできてきました。

11. 十ヵ月目

1月17日[水](U)
山のある公園へいき、ボールあそびをしました。途中で黒い小犬がまぎれこんできて、こどもたちはその犬にふりまわされる。りょうちゃん、犬は見たいがこわい、保母と手をつないでできるだけ近くまでいきましたが、近づくにつれて「イヤダー」といい、また、犬の走りまわるあとを、少しづつ関心をもちながら追っていました。そして、たまに「ネコ」ということばも聞かれたように思いました。

1月18日[木](母)
「ちいさいワンワンきたの」と、テレビをみて、イヌが出てきたら言っておりました。「かわいかった?」「うん」「コワイノ」と複雑なかんじでした。

(U)
朝、なわとびをつなげて男の子たちがあそんでいるところへ、自分もなわとびをもって近より「りょうちゃんも」と、自分から声をかけ、一緒になわをつないでもらい、そのあと電車ごっこをしてました。りょうちゃんと、ともだちのかかわりが、少しづつ、みられるようになってきました。

1月20日[土](母)
昨日の朝、「にんじんにいく」といってきかず、無理に保育園にいこうとすると、泣いてしまいました。前の日にもらった袋入の雑誌の付録で遊びたくてたまらず、にんじんなら遊べると判断したもののようです。車にのせて保育園までついても、まだ諦めきれず、一つだけおもちゃのカタログを手にもっていきましたが、門の前の辺りで「Uせんせい、めーするからいい。おかあさんもって」と渡し、もう手を出しませんでした。

1月26日[金](T)
今日、昼食後の自由遊びで、ままごとを一人でしていた涼ちゃん、友達が黙って、涼ちゃんの使っていたままごとを取り上げようとしたら、カッとしたようで、口で言うより早く、腕にかみついてしまいました。今までにかみつくような事がなかったので、保母もビックリ。余程取られたくなかったのでしょう。でも、かむことはいけないので、口で「ダメ」や「イヤ」を言うように話しました。

1月27日[土](母)
家では圭とけんかする時、片手で不利なので、かみつくか、髪を引っぱるかどちらかで、相手にダメージを与えてから、片手で必死におもちゃを確保するという手を使います。保育園にもようやく慣れてきて、自分を主張することができる場だと思い始めているのでしょう。でも、暴力はいけないので、家でもきつく言っていますから、どうぞ、また、こんなことがあったら、叱ってください。

(T)
子供達、実習生と一緒に部屋や廊下を使ってかくれんぼをしました。涼ちゃんも、おもしろがってみんなと一緒にいるのですが、ルールがわからないようでした。「もういいかい」と「まーだだよ」「みーつけ」の言葉がすっかり気に入ったようで、何回も、何回も、繰り返していました。

・・・

「U先生メーするから、いい。お母さんもって」では「から」という接続詞を使って、それまで持って行こうか行くまいか迷っていた自分の決断を表わしています。ことばの指導をする時に、接続詞を使って、二つの文章をつなぐ練習をさせることもあるのですが、ここで使われている「から」には実感がこもっています。
かくれんぼのルールはわからなくても「もういいかい」「まあだだよ」「みつけ」のことばを何回も、気に入って繰り返しているところは、どんな時に、新しいことばが獲得されるのかを私たちに教えてくれます。
集団生活で自分を守るために、咬んだり叩いたりすることは、どの子にも見られます。左手の利かない涼にとって、とっさに片手でおもちゃを確保するには、この方法が便利なのですが、社会性という面からはまずいので、やめさせることにしました。

12. 十一ヵ月目

2月1日[木](母)
「『そとー』するんだよ」と、豆を投げるまねをして節分楽しみにしています。「おにつくるの」とも、教えてくれます。

2月6日[火](母)
ごはんの後で、だっこに来て、お腹をさわり「大きいね」というので「赤ちゃんがいるよ。赤ちゃんが生まれたら、涼はなにしてあげるの」ときくと、「ちゅっちゅっちゅっするの。りょうのおっぱいで」という答え。自分のお腹をさわり「りょうちゃんも大きいよ」といっていました。

2月10日[土](U)
「みにくいあひるのこ」の劇あそびで、きのう、きょうとまだ役は決めていないので、全員で動いています。きょうは机のグループ毎にまとまって動くと、りょうちゃんはそのたびに前に出てきて、やってます。友だちに「りょうちゃんはいんこぐみだから、まだ」等と何度かいわれていました。そして、最近は友だちに何かいわれたり、この間も紙を取り合いして負けたら、「いやらしい」とことばであとから反発していました。

2月19日[月](T)
今日、合奏で何の楽器がよいのか希望をとりましたら、涼ちゃん「バンバン!」といって、タンバリンでした。間違えますが、友達のマネをして 頑張っています。

2月21日[水](母)
ehon_kei毎日、私の帰りが遅いので(学校の実習で)余りゆっくり遊ぶこともありません。でも、お別れ会のことではりきっているのか、涼はマイペースです。圭の誕生日の本をつくるといって、なかなかつくらないので「ケイちゃんのウルトラのチチのほん、つくって」と涼にまで請求されてしまいました。

(T)
劇の練習で犬の役になると、大きな声でほえながら出ていく涼ちゃん。役が気に入っているようです。給食の片付けでボールもちさせたいナと思い、声をかけますと「涼ちゃん、手、痛いの!イヤ!」と言ってはっきりことわられました。圭ちゃんの本、できましたら、また、ぜひ見せて頂ければと思います。

2月22日[木](母)
「あした、ぶたのおうちするんだ」といって、楽しみにしていました。

2月23日[金](父)
にんじんで会議があり、その間、圭と二人でおもちゃ箱を全部ひっくり返して遊びました。
人形劇については目を丸くして「こわかったよ」と言いました。「エンエンしなかったよ」とも言ってました。「ノンノはエンエンしたよ」と延ちゃんのことも報告しました。面白かったようです。

・・・

行事があるごとに、保育園で予告して下さるので「『そとー』するんだよ」(節分)「あした、ぶたのおうちするんだ」(人形劇)と明日のことを楽しみにして報告しています。また、私が三人目のこどもを妊娠していたので、あかちゃんが生まれたら「ちゅっちゅっちゅっするの。りょうのおっぱいで」と、自分のイメージをもって会話しています。過去のことについても、人形劇で「(りょうは)エンエンしなかったよ」「ノンノ(年下のともだち)はエンエンしたよ」と報告しています。
保母さんや友だちとの関係は、かなり打ち解けてきたようです。担任に手伝いを頼まれたら「涼ちゃん、手、痛いの!イヤ」と断わったり、合奏で何の楽器をしたいか聞かれたら「バンバン!」(タンバリン)と自分の意見を積極的に言っています。友だちとのけんかで負けたら「いやらしい」と言い返すようになりました。

13. 十二か月目

3月1日[木](U)
きょうはママゴトの中で役わり遊び(りょうちゃんがおかあさんになって)をしてました。今までは自分はりょうであり、お母さんという役になることはできなかったように思いますが。
クラスに置いてある広告の紙がなくなり、しゅうちゃん、まさしくんが困っているので、りょうちゃんにいってごらんというと「りょうちゃん、一枚でいいからちょうだい」とていねいにたのんでいました。りょうちゃんったらひとこと「ダメ!」の返事。
そうはいうものの、二人に一枚づつ、あげていましたが。

3月2日[金](父)
i_10このところ、パパと圭と三人でする遊びで一番気に入っているのは「オイデオイデ遊び」という馬鹿馬鹿しい遊びです。パパが部屋の隅に座って指を曲げてオイデオイデと言います。涼と圭とはそのまわりを走り回って、時々パパがパッと手を出してつかまえようとするのを逃げるわけです。結局ただ走り回るだけなのですが、どういうわけかとても好きです。パパの方は座ってるだけでいいので楽ですから、やはり好きです。

3月3日[土](母)
「あたたまれ」の歌を家でもうたっていました。犬はなんかワンとも泣かなかったようですが、本人は楽しんでいる様子でした。
花小金井に住んでいるにんじんの保母さんの家に、八時までお世話になりました。「さっちゃんのおうち、またいきたい」といっていました。いろいろめずらしくて、けっこう楽しんでいるようでした。「さっちゃんのおうちは、カレーとおとうふ」といって、教えてくれました。

(T)
本番で、練習の時のいきおい余った犬の涼ちゃんが見られず残念でしたけれど、とてもうれしかったようでした。

3月4日[日](父)
「あたたまれ」のうたは、パパにもうたえと要求するので、パパは困っています。この何日かは「オイデオイデ遊び」の他に「注射遊び」があって、パパを横に寝かせて腕をまくらせ、そこに圭とかわるがわる注射のまねをします。親の職業の反映でしょうね。

(T)
砂場にと、新しい砂がたくさん、五才児の部屋の前に運ばれてきました。昼食後、希望者の子供に、砂場まで砂を運んでもらいました。涼ちゃんも、喜んで「センセ!ミテ!センセ!ミテ!」と言いながら、洗面器に少しづつ、たくさん運んでくれました。今日は疲れたかと思います。

3月16日[金](U)
午睡の静かな時間に一人「ひとりぼっち」のうたをうたっていました。
保母の仕事しているところへ、絵あわせやママゴトをもってきてひろげ「センセー、どいてどいて」といいます。「アラ、センセーもお仕事しているのに」と抵抗したら「ごめん、ごめん」だって。

・・・

ここでこのノートは終わっています。
すっかり保育園でもくつろいで、自分のありのままを出せるようになってきました。ママゴト遊びで役わりをとることは、家では前からしていましたが、保育園でもお母さんになったり、お父さんになったりしています。ひなまつり会の「みにくいあひるの子」の劇では、練習で張り切っていたのに、ともだちと手をつないで出てきただけでした。それでも、本人はできなかったことにしょげることはなく、満足していました。

14. ことばが遅いこどもを育てる

養成所で学んだ言語病理学の知識は、海のように広がっていることばに切り込む手がかりを教えてくれましたが、私は直感的に涼の覚えやすい方法を採用してきました。なんでも経験させ、眼で見て触って、かかわらせることが基本でした。側にいる私は、できる限り、涼が経験したこと、感じたことを、涼にかわって、口にだして言うようにしました。

保育園生活は、新しい経験の連続でした。
入園してから、涼はまず二人の担任に親しみを感じました。たんぽぽ組のともだちに関心を示すようになったのは、二学期になってからでした。担任やこども達との関係がふかまっていくにつれて、新しいことばを獲得していきました。窮地に陥った時に考えたあげくにでてきた「Uせんせい、めーするからいい。おかあさんもって」や、楽しくてたまらないかくれんぼの時覚えた「もういいかい」「まあだだよ」などなど。それに行事の度に、新しいことばを覚えました。
私は養成所の授業で学んだことを日常にも取り入れました。涼と圭の誕生日に写真絵本を作ったのは、その一つでした。本人が登場する絵本は、嬉しくて印象深いものですし、皆に見てもらうことで、かかわりを深める役に立ちました。授業で、ことばが生まれ育っていく道どりを知るにつれて、私は涼の段階を見極めて、無理をせずに、ことばを教えるようになりました。
入園する前に私が考えていたように、ことばはこども達から涼にながれこんできました。けれども涼は、右側の脳血管が詰まって左半身麻痺になっただけではなく、ことばを覚えることも難しくなっていました。聞いたことばを、とっさにくり返すことが、極端に苦手でした。例えば「あり」はまねできても「すいか」はもう長くてまねできませんでした。私は、目の前にあるものの名前を一音づつ区切って言い、まねして言わせるようにしました。涼は一音をまねできても、単語として続けて言うことは、なかなかできませんでした。また、ぽつりぽつりと単語で伝えてくる涼のことばを、簡単な文にして聞かせました。涼がその時には言えなくても、貯金をしているつもりでくり返しました。
さらに、涼が新しいことばをつぶやいた時に、同じことばを意識的に、別の場面でも使えるようにしむけました。上にあげた例で言うと「から」を、くり返し使ってみることです。

「障害」をもっているこどもの母親である私が養成所の課程を終了できたのは、保育園が涼を受け入れて、一緒に育てることを実践して下さったお陰でした。一年たつと、担任とこども達は涼とのつきあい方を編み出し、私は安心して涼を託せるようになりました。保育園に子育ての足がかりを得て、私はその後、涼が小学校に上がる時も、隣近所のこどもと一緒に育てていく自信を持つことができました。
現在、私は嘱託医として、定期的にいくつかの市立保育園に出かけて行って、「障害児保育」の相談をしています。どんな「障害」をもっているこどもも、保育園側の受け入れてやっていこうという姿勢があれば、トラブルをのりこえて育っていきます。園内では他のこどもから分けて、特別な指導をする必要はありません。
ことばが遅いこどもがことばの相談室に来たら、私は原因によっては、薬や補聴器を処方します。また、相談室や家庭でことばの練習をさせます。専門家に費やす時間はなるべく少なくして、普通に育てましょうというアドバイスとともに。

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