私は自分の娘が、言葉が遅れていると分かってから、1年間、国立身体障害者リハビリテーションセンターで、言語訓練について勉強しました。20年近く前のことです。「こども診療所」を開業してからは「ことばの相談室」を設けて、週2回、子供の言葉の相談を受けてきました。
言葉の誕生は、私にとっていまだに大きななぞです。その瞬間をとらえようと、昨年の秋から、2人の赤ちゃんのビデオ撮影を始めました。何も話さない時代でも、赤ちゃんは困るとすぐに、お母さんやお父さんの方を見ます。助けを求めることもあれば、大丈夫だよとうなずく親の笑顔を見て、立ち直ることもあります。目は口ほどに物を言い、言葉はなくても気持ちが通じ合う感動のシーンが、たくさん撮れました。
1歳半健診では、よく「言葉が遅い」という相談を受けます。マンマ(ご飯)やママ(お母さん)など、意味のある言葉を話さないと、周りの大人は心配になるようです。こんなとき、先ほどの赤ちゃんたちのように、親と気持ちが通じ合っているかどうかが、ポイントになります。名前を呼んだら、自分の名前が分って振り向き、相手の目をしっかり見るでしょうか。聴覚については電話のベルやドアのチャイムに気付くかどうか確かめます。
また、「こっちにおいで」「ご飯よ」と言葉を掛けた時に、子供が来るかどうかを親に尋ねます。そして「くつ」や「ぎゅうにゅう」など、身近な物の名前を理解しているようなら気長に待ちましょう。大体、二歳前後には言葉を話します。遊びや生活の中で必要な、あいさつや物の名前をわかりやすくはっきりと言ってあげてください。くれぐれも「これは何?」と子供を問い詰めないで。焦る気持ちが伝わって、こどもは殻に閉じこもってしまいます。
「こども診療所」では2歳を過ぎてもことばを話さない子供たちと、保母と聴能言語士のスタッフが「遊びの会」を開いています。子供たちとお母さんも一緒に、歌や手遊び、紙芝居、体を動かす遊びを通して、コミュニケーションする楽しさを体験しています。
言葉の遅い子供たちは、それまで結構平気で一人遊びをしていたのに、お母さんがいなくなると探して、いつもそばにいたがるようになったら、言葉を話しだします。「遊びの会」を卒業した子供たちは、保育園や幼稚園などに入園していきます。